第7回 「鬼は外」は言わない豆まき

 2月3日、19年ぶりに誕生した日本人横綱、稀勢の里が、千葉県の成田山新勝寺の節分会で豆をまく姿がテレビに映されていました。かけ声は、「福は内、福は内」でした。「鬼は外」の発声は行いません。これは、本尊である不動明王の前では鬼さえ改心するため鬼はいないというお寺側の考え方によるとのことです。東京の観光スポットである浅草寺でも、同様に観音様の前に鬼はいないという考え方から、「鬼は外、福は内」ではなく「千秋万歳、福は内」と言うそうです。「千秋万歳(せんしゅうばんざい)」とは、長い年月や長寿を意味する言葉です。
 同じ風習や儀式でも、ところ変われば品変わる、と言ったところでしょうか。同時に、これは前回取り上げた「羅生門的現実」という見方にも相当します。同じ事象であっても人によって見方は異なる、という現実の多義性を示す言葉でした。つまり、「鬼」というものをどのような意味で捉えどのようなストーリーとして構成するかは、実に多義的です。
 前回、スマップ解散の話題から、解散の「真相は藪の中」と見ることもできるが、そこにはメンバーそれぞれのストーリーがありいずれも現実であるという見方もできるという話を、「羅生門的現実」という視点からお話ししました。その際、次回は「スマップネタ」の話をすると書きましたが、予定を変更して、前回に続いて多義的な見方について、もう少し取り上げます。

第6回 新たな年を迎えて~SMAP解散の話題から

ご意見・ご感想・ご質問はコチラ  スクウェル読者の皆様には、それぞれかけがえのない新たな暦を刻み始められたこととお慶び申し上げます。本年もよろしくお願いいたします。 …


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