<神奈川県>入院体制整えず中期中絶…17歳少女死亡で明らかになった産婦人科の実態
横浜市戸塚区の産婦人科医院の前院長ら2人が、母体保護法指定医師の資格停止処分取り消しを求めて横浜地裁に起こした訴訟は、同医院側が訴えを取り下げて終結した。
入院体制を整備しないまま妊娠中期(12~21週)中絶処置をしていたことなどを理由とした県医師会の処分を、同医院側が受け入れた形だ。しかし、原則を逸脱した通院での処置は、他の産婦人科でも患者の希望などから行われている実態がある。有識者は、現場の実情も踏まえた安全管理のルールづくりを検討するべきだと指摘している。(鬼頭朋子)
現場の実情、ルールに…有識者
■原則「入院」
前院長らが資格停止6か月の処分を受けたのは「聖ローザクリニックタワーズ」。院内にベッドが1床しかなく、無人になる夜間は緊急対応もできないのに、通院で処置を続けていたことなどが問題視された。医院側は訴訟で▽患者に担当看護師の連絡先を伝えている▽緊急時には近隣のグループ病院でも対応できる――などとして、処分は不当だと訴えていた。
日本産婦人科医会などによると、中期中絶は、棒状の医療器具を子宮 頸管けいかん に複数本挿入して徐々に拡張し、陣痛誘発剤を用いて行う。「前処置」と言われる子宮頸管拡張段階から慎重な経過観察が求められ、緊急時には迅速な抗菌薬投与などが必須とされる。このため、同医会が作成した「指定医師必携」「産婦人科診療ガイドライン」には、実施にあたっては「入院をさせる」と明記されている。
同医会によると、中絶に伴う母体死亡例は極めてまれだが、感染症や出血、子宮 穿孔せんこう などの発生事例報告は2004~13年に182件に上る。白須和裕副会長は「妊娠中の子宮では血流が増える。経験豊富な指定医師による処置でもトラブルは発生する」と話す。
■前処置中に死亡
処分を受けた同医院では、毎月10件前後の中絶処置をほぼ通院のみで実施していたことが分かっており、昨年11月には、前処置中だった妊娠21週の少女(当時17歳)が帰宅後に死亡するケースも起きていた。少女は4日目の通院処置後、自宅で容体が急変し、搬送先の別の病院で死亡。死因は敗血症性ショックだった。処置と死亡の因果関係については、県警が調べている。
一方、現場では「前処置からの入院」が定着しているとは言えない。背景には「お産を控えた他の妊婦に囲まれながら入院するのはつらい」といった中絶患者の希望がある。複数の産婦人科医師は「前処置の序盤は通院処置に応じる場合もある」と証言。「入院の強要は、様々な事情で通院を望む女性が正規の医療機関ではないところで危険な処置を受ける事態も招きかねない」との声もあった。
浜松医大の大磯義一郎教授(医療法学)によると、医師には医学的な理由から指針などの原則を逸脱する裁量権がある。患者の希望(自己決定権)は、その逸脱を認める根拠とはならないが、医師らができる限り尊重しようとするのも当然だ。大磯教授は「指針・原則は単なる理想論ではなく、実務を反映した内容であるべきだ。今回の問題を契機に、中絶患者の利便性と母体保護のあり方を改めて検討するべきだ」と指摘する。
医師への調査権、明文化を検討…県医師会
母体保護法では、指定医師の指定権限を都道府県医師会に付与している。県内には現在約400人の指定医師がおり、その指導・監督も県医師会が行うが、明確な調査権は規定されていない。
県医師会によると、聖ローザクリニックタワーズを巡っては昨年2月、県医師会内の母体保護委員会で、「中期中絶が1か月間に12例報告されているが、設備は整っているのか」と懸念する声が上がった。同会は安全管理体制の確認のため、聖ローザグループの前院長に聞き取り調査への協力を複数回要請したが、応じてもらえず、そうしたなかで少女の死亡事例が起きたという。
同会は即効性・実効性のある指導を確実に行えるようにするため、指定医師取扱規則に、調査権を明文化することなどを含め、再発防止策を検討している。
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