真夜中の突然の発熱はコワイ?
暑いですね。蚊も飛んでいます。
最近は、蚊と言うとジカ熱やデング熱が話題になりますが、日本では古くから日本脳炎が恐れられています。日本脳炎は、ウイルスを持っている蚊に刺されることで感染します。いったん病気を発症すると高い確率で死に至ったり重い障害を脳に残したりします。ところが幸いなことに、この病気はワクチンの接種によって予防することが可能です。
日本脳炎ワクチンの接種を開始する時期は生後6か月から3歳と幅があります。3歳が標準とされているため、実際、3歳になってから接種している子どもが大多数です。しかし、3歳まで蚊に刺されないという保証はありません。私の住む千葉県でも2015年に生後11か月のお子さんが日本脳炎にかかりました。ですから、「日本脳炎ワクチンは3歳から」という常識を捨てて、生後6か月になったらワクチンを打ってください。安全性も問題ありませんし、その後の追加ワクチン接種によって免疫はずっと持続します。
さて今日は、発熱に関する話です。
発熱とは何か?
あなたには11か月になるお子さんがいます。夕方までは普通にしていましたが、夜になってからぐずり始めます。時刻は真夜中の12時。体温を測ると39.8度もありました。あなたは急に不安になります。急いで保険証を用意して夜間の診療所へ自家用車を飛ばします。1時間も待たされましたが、あなたのお子さんをしばらく診察したドクターは熱冷ましの座薬だけを処方し、翌日、かかりつけの小児科へ行くように指示しました。
何か判然としない気持ちのままに、あなたは帰宅後、子どもに座薬を入れます。しばらくして薬の効果が出たのか、お子さんは母乳を少し飲んで楽な表情で眠りにつきました。
さて、発熱とは何でしょうか? 一言で言えば、病原体(主にウイルス)に対する人間の防御反応です。病原体が熱を出しているのではありません。お子さんが熱を出しているのです。つまり、発熱すること自体が悪いわけではありません。納得できませんか? ちょっと詳しく説明しましょう。
病原体が体内に侵入すると免疫細胞が闘いを始めます。免疫細胞は、この闘いの様子を情報伝達物質(サイトカインと言います)を通じて、脳に伝えます。脳では、炎症性物質(プロスタグランジンと言います)が作られます。
すると、脳の中の体温の設定温度が(たとえば)39.8度に高められます。この時のお子さんの体温が36.5度とすると、約3度のギャップが生じます。このギャップのために寒気を感じて、機嫌が悪くなるわけです。
やがて、お子さんの体温は39.8度に上昇します。顔が火照って目も潤んだように見えますが、案外、元気なようにも見えます。
体温が高くなると、体内の免疫細胞や免疫物質が活発に働きます。すると病原体はどんどん死んでいきます。通常、人間と病原体とのミクロの闘いは72時間(足かけ4日)続きます。72時間以内に病原体は全滅してしまうのです。だから、解熱剤を使用すると、風邪に伴う発熱がやや長引くという科学的なデータもあります。そして一方、5日を超える熱は、人間が闘いに敗れつつあるということ示唆しています。つまり風邪などの病気がこじれている可能性があるということですね。
闘いが済むと、脳の中の体温設定温度は、(たとえば)36.5度に下げられます。すると、お子さんの体温は39.8度ありますので、約3度のギャップが生じます。お子さんは、暑苦しさを感じているはずです。このギャップによってお子さんは汗をかきます。そして体温は36.5度に落ち着きます。
汗をかいたから解熱したのではありません。解熱したから汗をかいたのです。厚着にして汗をかかせれば熱が下がるという発想は完全に間違いです。熱がこもって危険ですからやめてくださいね。熱の上がり始めで寒気を感じている時は、1枚服を着せたり、タオルケットをかけてあげてください。熱が上がりきって暑さを感じている時は、1枚剥いでください。どう感じているかよくわからない時は、取りあえずタオルケットを1枚かけてみます。払いのけるか、心地よさそうにしているかで、お子さんがちゃんと答えを教えてくれます。
熱が続くとけいれんする?
確かに熱性けいれんという病気があります。しかし、熱性けいれんが起きるかどうかは誰にも予測できません。事前に知ることは不可能です。ただ、皆さんにぜひ知っておいてほしいことは、熱性けいれんは決して悪い病気ではないということです。つまり脳には何のダメージも残りません。
初めて熱性けいれんを見ると、保護者は気が動転してしまうかもしれません。お子さんは、白目をむき、口から泡を吹いて、両腕両脚にぐっと力を入れてその後にガクンガクンとけいれんします。
あなたにできることは何でしょう? それは時計を見ることです。普通の熱性けいれんは5分以内におさまります。その後はスヤスヤと気持ちよさそうに眠ったり、パッチリと眼を開けたりするでしょう。
しかし、けいれんが5分を超えたら救急車を呼ぶことを考慮してください。保険証や子ども医療費助成受給券などを用意してください。固定電話はありますか? 救急車を呼ぶには携帯電話よりも優れています。そして10分を超えたら救急車を呼んで下さい。なぜなら、あなたのお子さんは熱性けいれんではないかもしれないからです。脳炎・脳症と呼ばれる病気は早く治療しないと脳に大きなダメージを残します。冒頭に書いた日本脳炎もこれに含まれます。冬であればインフルエンザ脳症が、脳症として最も頻度の高い病気です。
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私は仕事柄、障害者の手記をよく読みます。するとそこには、子どもの頃に熱が出て 麻痺まひ や難聴といった障害が残ったというような記述に出会います。みなさんも高熱が続くと脳にダメージがくると思っているのではないでしょうか? しかしこれは間違いです。障害者になった人は、風邪などの発熱ではなくて、脳炎や脳症だったはずです。
発熱以外の症状は?
さて、前夜に救急診療所に行った11か月のお子さんは、翌朝、うちのクリニックを受診しました。熱はまだ38.5度あります。昨夜は母乳を少し飲んで、眠れたと言います。診察室では壁に貼ってあるプーさんの絵を見ています。私が診察を行い、最後に口の中を観察すると大泣きしてしまいました。その後はお母さんにしっかりと抱きついています。
私にできることは何もありません。保護者に様子をみてもらうだけです。明日になったら鼻水や 咳せき が出るかもしれません。 嘔吐おうと や下痢があるかもしれません。あるいは3日間高熱が続いて4日目に体に発疹が出るかもしれません。つまり突発性発疹症かもしれないのです。
私にわかることは、この11か月のお子さんが、ヤバイ病気ではないということだけです。昨夜の夜間診療所のドクターと大した変わらないことしか言えません。私は「自宅で見守ってください」と言ってお子さんを帰すことにしました。
最後にお母さんが質問してきました。
「熱冷ましの座薬は使った方が良いのですか?」
私の答えはこうです。
「発熱は病気を治すので、悪いことではありません。絶対に熱を下げようとこだわってはいけません。だけど、余りにも高熱で不機嫌になるようならば、ちょっと闘いを休憩するつもりで座薬を使ってもいいですよ」
夜中にお子さんが高熱を出すと、保護者の皆さんはきっと不安になるでしょう。お子さんの体の中で何か恐ろしいことが進行しているのではないかと考えてしまうに違いありません。だけど、そこでちょっと考え方を変えてみてください。今、この子の体の中ではウイルスが暴れているけど、それをうちの子が発熱することでどんどんやっつけているのだと。ほら、ちょっと気が楽になりましたよね? そしてお子さんの発熱以外の様子を観察してください。呼吸が苦しそうか? 意識はしっかりしているか? 体のどこか(特に首など)をとても痛がっていないか? え? どれもない? 発熱だけですね。では、夜中に診療所に行く必要はありません。翌朝まで待って大丈夫です。
ただし例外があります。3か月未満の赤ちゃんの発熱は要注意です。まれにですが、細菌が髄液の中や血液の中に侵入することがあります。3か月未満の赤ちゃんは免疫力が全くなくて、とてもか弱い存在なのです。赤ちゃんの高熱は、夜中でもドクターの診察を受けて下さいね。
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